西町 花冠(かかん)
毛彫打出し、本鍍金の飾金具が多く華麗
鼓を身につけて踊る羯鼓舞の花冠にちなんで名づけられました。宮殿を擬した華麗な簾の間があるだんじりです。毛彫打出しに本鍍金された飾金具が多く使われています。特に欄縁・跳勾欄の金具は水引幕の細かな蘭亭曲水の宴の織と共に「花冠」の存在感を際立たせています。
なお、当町のしるし「羯鼓(かっこ・諫鼓)」も見どころの1つです。しるし台の勾欄を飾る金具も「花冠」同様本鍍金の毛彫打出し金具であり美術的価値の高いものです。
だんじりのつくりなど
- 屋根
- 唐破風。柱6本。
- 眼象
- 梅鉢紋。破風飾金具に同じ紋所を表わす。
- 懸魚
- 牡丹の透かし彫り
- 天井
- 織物張り
- 天幕
- 霊獣百卉(百卉:もろもろの草)(緋羅紗地に刺繍)
- 水引幕
- 「蘭亭曲水の宴」東晋の永和9年(353)の賢仙41人を描いた密画(刺繍)
- 胴幕
- 梅(伝「応挙十哲」渡辺南岳下絵、刺繍)
- 後幕
- 牛(伝 渡辺南岳下絵、刺繍)
- 勾欄
- 金具は手彫り打出し、本鍍金。文政2年(1819)の銘あり。上段跳勾欄。下段、擬宝珠勾欄。簾の間。
- 囃子
- 祇園囃子
しるし「羯鼓(かっこ・諫鼓)」
文久3年(1863)9月に再調した。漢詩「諫鼓苔深鳥不驚(かんここけふかく とりおどろかず)」云々の故事を引用した高木長雄の由来書とともに別文のいわれがあります。
「諫鼓苔深鳥不驚」
昔、殿様の政治を諫しめる為住民が太鼓をたたいていました。殿様の政治がよければ諫しめることがなく、太鼓の上に鶏が止まって、苔がはえるさまは世の中が平穏である。
その故事を引用して、形どったもの。
西町とお祭りの長~い歴史
西町には、昔からの祭礼行事とともに、お鏡開き、御日待講等の年中行事があります。
宝暦9年(1759)のだんじり修理費拠出申し合わせ、文化8・9年(1811・1812)の殿様ご覧につき修理等々の記録が記載されている祭礼関係の文書も数多く残されており祭町隋一の伝統を誇りとしています。昔、殿様が津から上野へ御用御出向の際(天神祭礼等と推測)御迎え、御見送り等に、町の旦那衆(町の豪商)が応待したことを記録した書きものも、当町の旧家(豪商の末裔)に残っています。
また宝暦8年(1758)から「武者車」(ガタガタ人形)と称する作り人形(武将)をだんじり・しるしに加えて近年まで繰出し、当町は威勢よく祭りを盛りあげてきました。
だんじり? たんじり? たんしり!?
西町、文化2年(1805)の記録に「たんじり」の記述があり、さらに22年前の寛政9年(1797年)の祭りに「たんしり」の文字が見られます。これは江戸時代には必ずしも濁点を触らなかったためで、現代人からすると面白い表記ですね。