向島町 鉄英剣鉾(てつえいけんぼこ)
四神を鎮める四隅の黄金の御幣が特色
「鉄英剣鉾」の歴史は宝暦6年(1756)に作られた「花鉾」に始まります。それからおよそ100年後の安政6年(1859)に現在の「鉄英剣鉾」が長田に屋敷を構えた安場武右衛門によって建造されました。
屋根は切破風で古い鉾車の形を良く伝えています。前後の化粧梁には向島町に居住した藤堂藩の儒者兼兵法家高見照陽の書による「深溟(たんめい)」「剪莽(せんぼう)」の扁額が掛けられています。暗がりを探り生い茂る草を刈るという開拓の精神を表しています。
このだんじりの特色の1つは囃子座の欄縁の四隅にある黄金に輝く御幣で、他のだんじりには無いものです。四神(中国の神話で天の四方の方角を司る霊獣、東の青龍・南の朱雀・西の白虎・北の玄武)を鎮める為のもので鉾車の伝統的な様式です。
屋根上に立てる剣は、足揃えの儀には銀の剣。本祭には金色の剣を飾ります。
だんじりのつくりなど
- 屋根
- てり破風
- 前額
- 「深溟(たんめい)」暗がりを探り
- 前額
- 「剪莽(せんぼう)」草を刈る
- 眼象
- 梅鉢紋
- 天幕
- 花丸霊獣(はなまるれいじゅう)図(刺繍)
- 水引幕
- 波之鯉(なみのこい)図(刺繍)
- 胴幕
- 漢公尚歯(かんこうしょうし)図(刺繍)
- 前幕
- 四季農耕図(刺繍)
- 見送幕
- 鳳凰額群仙琴鶴(ほうおうがくぐんせんきんかく)図(綴織)
前幕は日本唯一の「農耕織物図」
鉄英剣鉾の前幕をご覧ください。図柄は四季農耕図で1年間の農作業の工程が細かく刺繍で描かれています。四季農耕図の様式は中国で生まれ、室町時代に日本に伝来しました。平成9年7月、佐藤常雄筑波大学教授の調査によりこの幕は江戸時代初期から中期ごろに作られたもので農耕織物図としては日本唯一のものであると鑑定されました。
胴幕は「漢公尚歯(かんこうしょうし)図」で、歯(し)は年齢の意で、敬老。梁川星巌(やなかわせいがん)書の賛が入った小田海僊(おだかいせん)の下絵で、天保6年(1835)京都の縫師 丸屋忠兵衛にて新調(緋羅紗地(ひらしゃじ)に刺繍)。書は百禄是遒(ひゃくろくこれにあつまる):大いなる幸福が集まる、万寿無疆(ばんじゅむきょう):万寿は一万年の寿命 無疆は限りがない。限りなく長生きしますよう長寿を祝う言葉です。
見送幕は上部に鳳凰額を配した唐人奏楽図(綴織)で平成9年(1997)復元新調されました。
しるし「日月扇(じつげつせん)」
平成元年(1989)に濱邊萬吉画伯の意匠により再興されました。天神様は日月の運行を司る神様で中国に由来する采配の具「唐扇」をあしらっています。
行列曳行時、唐扇はゆっくり回転しながら巡行します。